JUG A BILLY CATS

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ウッシーのコラム

明暗の巻

2015年09月03日

夕涼みの、ほんの僅かな明暗の中で
残暑の匂いが行き場なくわだかまる。
進むことも退くことも恐れているように
それはただその場で悶々と夜風を待っているのだ。
夜風にさらわれてしまえば、何の気概も持たずフッと消え去れることが出きる。
誰の目にも留まらず、誰の記憶にも残らず
まるでそこには何もなかったかのようにゼロになれる。
人生は風雲の如し。

砂の巻

2015年08月28日

湿った砂を詰め込まれたように下肢がだるい。
先日、早朝からフットサルに一喜一憂したのだ。
それなりに運動している方だと自覚していたが
そんな下らぬ自負は、ものの数分で粉々に砕け散ったのであった。
人はこうして老いぼれてゆくのか。
気付かぬうちに肉体は耄碌し、じきに言うことをきかなくなるのだ。
なんと恐ろしいことだろう。
常日頃から体力をつけておかねば、やりたい事もロクにできん。
どれだけ夢があれど、それを実行する体力がなければ無意味じゃないか。
健康こそが人生を楽しむモチベーションである。

逸脱の巻

2015年08月25日

少しばかり涼風が吹き始めた。
今年の残暑は厳しいと毎年のように聞いている気がするが
一歩一歩、着実に次の季節が近づいている今
名残惜しさと妙な焦燥感が、この涼風を小さく煽った。
近頃、時間を見つけては夜釣りに出かけている。
有難いことに大阪の河川はシーバス、チヌに恵まれている。
何より、ほんの少し車を走らせるだけで
大都会の喧騒が突如姿を消して、静かに釣りに没頭できるのだ。
この時間が何とも充実していて
日常の柵や、些細な不満であっても
釣り糸とともにそれらがスッと川の奥底へ沈んでいくような気さえする。
日常から逸脱してこそ見えてくる本質もあるのだろう。

夏輝の巻

2015年08月19日

花笑みのような夏の空は万緑を映して
それはそれは開放的であって、新しい芽吹きを感じさせる。
太陽は片影を探すように高く登っていた。
世間もしばらく喧騒を忘れていたかと思うと
盆の侘しさは涼風とともに去っていった。

 
盆休みなど世間様にとってはまさに地獄の数日である。
上司から案件の一つでも取ってこいと捲くし立てられるものの
お相手様はみな休業中。
外回りに齷齪しているオッサン連中は
行く当てもなくただ落日の公園で肩を落とす。
なんと世知辛いものであろうか。

万感の巻

2015年08月12日

茂る夏草は万感の想いに揺れている。
森の雫が追憶を宿して、それが大地へと染み渡る。
雲路は虚しく、山際に落つる。
夜を重ね、日毎に思うのは
歳月の過ぎるのが早いわけではなくて
我々が歳月よりもなお早く進んでいるということ。
時間が過ぎているように錯覚してしまいがちだが
そもそも時間というのは物差しと同じで止まっている。
つまり我々は長い物差しの上を歩いているのだ。
それが時間の概念である。
いつだって変わってゆくのは「周り」ではなく「そのもの」だ。

夏の午後の巻

2015年08月05日

空蝉が夏の盛りに虚しく佇んでいる。
鈍く光る唐木色のそれは、もはや命の火を落とし呆然と大界を仰いでいる。
季節はずれの藤が頭を垂れて、その藤波の軽快な彩りが
俗世間の喧騒も、下らぬ世迷い事もすべて押し流すようにある。
君がため 尽くす心は 水の泡 消えにし後は 澄みわたる空

夕凪の巻

2015年08月01日

心が凪ぐ。
ほんの微風に揺らぐ深い森の湖畔のように
それは音もなく、ただじっと玉響の時を刻んでいる。
和平を望んでいるわけでも
争いを望んでいるわけでもない。
人は誰だって目先の幸せを掴みたいものだし
出来ることなら平穏に毎日を過ごしたいものである。
正廉など程遠く、私利私欲がこの世界を組み立てている。
人は自身の平和を求め、世界平和は虚言に終ってゆく。

関係の巻

2015年07月28日

揉め事や諍いなど猥瑣を好む輩は何時の時代もいるものだ。
火のない所にわざわざ火をつけ煙を立たせるのは随分と馬鹿げている。
SNSの類はすっかり止めてしまった。
根本的に人様の私情には興味がない。
況して、悪口や文句ばかり垂れる頑愚な暇人には付き合いきれん。
人間関係を篩にかける気など毛頭ない。
しかし直接連絡をくれる仲間や知人を大事にしたいというのが本音だ。
悉く世間の話題性に取り残される実感は否めないが
人跨ぎの噂話など取るに足りない話題である。

絶色の巻

2015年07月24日

絶色を極めた夏の空。
肥壮な入道雲はじっと街を見下ろしている。
この胸を掻い摘むような小さな不安はどこから来るのだろうか。
夏が来る悦びには、それらが去ってゆく悲しみも含まれているのだと
歳いくたびに大人びた感慨を抱え持つようになった。
何であってもそうなのだ。
始まりがあれば終わりがある。
友情、愛情とは違い
一年経てば何もなかったように戻ってくる季節ではあっても
やはり目の前から過ぎ去っていく物悲しさは同じようだ。

都心の巻

2015年07月23日

都心の下拙な暑気がじっとりと首筋を這うのを
もはや懐かしくも感じてしまうほどに
気付けば大阪での生活も随分と長く経ったものだ。
清閑な地中から突如飛び出た蝉の幼虫のように
あらゆる枉惑に右往左往し、ようやく眼前の木を登り始めた。
出てきた穴へ戻れば楽なことは知っている。
しかし、あの群青の大空へ羽ばたくには登らねばならぬ。
無碍な生き方などあるはずもないが
人はいつだって無難な道を選びたがるものである。
無難に価値なき。
有難こそまさに有難き。

 
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