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ウッシーのコラム

奥の巻

2017年12月07日

冬枯れの遊歩道。
背丈のあった新緑たちも、もはや年の暮れに馴染みはじめている。
今年もあっという間の一年であった。
本当に好きなことばかりできた年じゃなかっただろうか。
おかげで経済的余裕は微塵も生まれず、日銭を数えては賤陋を這いずる日々ではあるが、
好きなことで時間を浪費できることは大層幸せである。

年末のこの時分になると、今年の年末年始はどう過ごそうかと計画を練ってみたりするのだが、
人の多いところへ集まってガヤガヤ騒ぎ立てるのも億劫だし、かといって独りで年を越すのも寂しい。
本来私の歳頃にもなれば、大抵は愛する妻・子どもと一緒に過ごすのが定石ではないか。
一方私に至っては猫一匹すら身寄りがなく、このまま大病にでもおかされればたちまち孤独死だろう。
色々と考えねばならんなぁと今から肩が重い。

結婚不適合者どころか、そもそも社会不適合者なのだから、人様と同じように死ねるとはもちろん思っていない。
どうせ指をさされて笑われるような最期を迎えるはず。
それまでの間は私がみなを指さして笑えるような生き方をしたいものだ。
とまぁ、ここまでは平常時の考え方である。

それが年末という物寂しさに街が包まれはじめると、途端に世間の安泰・平穏がチクチクと胸をさす。
上述したように、普通に家庭を持った真っ当な社会人様たちが、穏やかに年を越していく様を見ていると
怒りでも嫉妬でもない訳のわからん感情が私を取り巻き、どうも居た堪れなくなってしまうのだ。
病に倒れたとき人は気が弱くなるようだが、年が暮れても人は弱くなるのか。
もしくは、普段どれだけ偉そうに刺激だ何だと言いながらも、心は安泰を求めているのだろうか。

心の奥のまた奥など当人でも理解できぬものだ。
何十年と付き合ってきた自分自身であっても、すべてを理解するのは難しい。
いや、理解するのを避けているという部分もあるのだろう。
死ぬまで自分の血液型を知らない人だっているわけで、「自分はこういう人間だ」という偶像を一度作り上げてしまえば
あとは心の奥なんて見なければ終いなのである。

年末というのは辛気臭くなっていかん。
もうしばらく歳を重ねれば、しみったれた夜も似合うのかもしれんが、まだまだ生疎なこの身柄。
かりそめの夜を過ごしつつ、新年の予定でも立てるとしよう。