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ウッシーのコラム

蟻地獄の巻

2016年01月19日

年明けからトントンとライブが終わり、気づけば正月気分など遠い空。
普遍的な生活など更々望んではいないが、のんびりと過ごしたいというような
妙に年寄りじみた感慨はいつだって心のどこかに潜んでいる。
心が満たされることなどない。
満たされないからこそ人は求めるのである。
一過性の満足に溺れたところで、心はすぐ乾き、また次の潤いを求めるものだ。
小さな満足は大きな欲望を生み、大きな満足は小さな不満を生む。
蟻地獄のごとく、いつだって欲望は渦巻いている。

軋轢の巻

2016年01月12日

何とも世知辛い世の中である。
盛運に恵まれた者もあれば、薄倖に縋る者もある。
人生に苦悶し、齷齪と日銭を稼ぐ若者を尻目に
怠惰に溺れ、泡銭をどっぷり溜め込んだ年寄りが人生を謳歌する。
憐憫の眼差しで同情するぐらいなら
その金、まだ余生有り余る若者にくれてやってはくれないか。
まさか墓の中まで持っていく気ではあるまい。
金だ金だと騒ぎ立てるのも滑稽ではあるが
地獄の沙汰も金次第。
下らぬ斟酌などに配慮せず、みな声高らかに言おうではないか。
嗚呼、金が欲しいと。
まぁ、耽溺に終始していたところで金など増えてはくれないが
貧困は窮状を生み、窮状は軋轢を生む。
やはりある程度は身銭が必要である。

屏息の巻

2016年01月05日

新年だからと殊更に改めてみても、特にこれといった真新しさはなし。
まぁ新居になったおかげで心なしか新鮮味はあるものの、普段と何ら変わらぬ日常である。
田舎へ帰省し、旧友と鍋を囲み暫く昔話に花を咲かせた。
珍しく実家へ寄ってみると、たちまち猫に威嚇され、肩身の狭い思いで眠りにつく。
恐ろしいほどの静寂。
夜が軋むのを聴くような冷たさがあった。
眠れずベランダへ出ると、億万の星屑が棚引いていて
まるで世界の果てを見ているような、居た堪れない感慨であった。
歳いく度、一人息子という妙な重圧が迫ってくる。
結婚なんてものは、下らぬ強迫観念でするものじゃあない。
かといってこのまま瘋癲生活を存えても木偶の坊で終わるのは目に見えている。
身を固めることへの恐怖心はいつになっても変わらぬもの。
「今まで好き勝手遊んできたし、そろそろ身を固めよう」というわけにはいかぬ。
そんな固めるテンプルのように簡単に身が固まってくれれば苦労はない。
いっそのこと、無人島へでも放り込んでくれれば楽なのだが。
余計な雑念など捨て去り、自給自足の日々に観念する。
ただ今日を生きることのみを懸命に考え過ごすことが出来たのならば
或いは何か路が見つかるかもしれん。
2016年、後悔なきよう突き進むのみである。