JUG A BILLY CATS

BLOG

ウッシーのコラム

夾雑の巻

2013年11月22日

祖父が他界したのは、私が5つか6つの頃であった。
人の死というものを知ったのはこの時が初めてだったが
なんとなく胸が苦しくなって悸れていく感覚を覚えた。
つい以前まで他愛のない話をしてはその温もりに触れていた人間が
途端にこの世から姿を消してしまったことに対して、あまり大きな実感などなかった。
ただ、静かに横たわる祖父の前で泣き崩れる母の姿を見て
『これは悲しいことなのだ』と幼いながらにも曖昧な理解を得たような気はあった。
自分もいつかはこうなるのだと、妙にハッキリとした命運を見たような気さえして
居た堪れなくなって、どこかへ逃げ出したい衝動に駆られた。
そしてその晩に恐くなった。
死があまりにも恬然と在ることが恐かったのだろうか。
何か悪いことをした人間だけが地獄に落とされ死ぬのだと思っていた私は
いつかやってくる来る自分の死を初めて知り、ただ悚然とするばかりだった。
それは大人になった今でも変わることはなかった。
ふとしたとき、いつか自分も無になり、この世から消えてしまうのだと思うと
言いようのない虚しさに苛まれることはある。
そしてその都度に、やはり人生なんてものは自分の好きなように生きるべきだと
改めて人生観を鑑みて自身へ問いかけるのである。
そう考えると、あの年齢で経験した祖父の死というのは
私の人生にとってかなり大きな意味を持っていたのだろうか。
やりたいことを我慢して生きるのは何よりも辛いものだ。
何かしら理由付けをして今の自分を肯定することは簡単だが
自己否定から見えてくる幸せというのもあるのかもしれない。